書籍案内

憲法学者と精神医学者の共同作業による結晶
精神科医療のみならず,これからの医療のあるべき姿を問い直す好著
精神科医療における患者の自己決定権と治療同意判断能力

精神科医療における患者の自己決定権と治療同意判断能力

緒 言

我々は以前から,患者に「精神障害」が認められ,医療・保護のために入院が必要であると指定医が診断し,保護者の同意があれば,本人の同意なく強制手続が開始されることに疑問を抱いていた。日本の精神科医療における強制入院−特に医療保護入院−手続において,その対象となる患者に治療を受けるか否かについて判断する治療同意判断能力があるかどうかは問われなかった。しかし,こうした医療システムにおいて,判断能力審査はデュー・プロセスの観点から不可欠であると確信したことが研究の端緒となった。以降の十年近くにわたる我々の研究成果をまとめたものが本書である。
精神保健福祉法が1999年に改正され2000年4月より施行された。これを機に本書を出版することができることは大変な喜びである。この度の改正によって法33条の医療保護入院規定に,実体要件として任意入院できる状態にないことが付加された。この改正点についても,本書ではその問題点を検討している。今後の精神科医療において,精神科医療へのインフォームド・コンセントの導入の必要性,憲法の理念にかなった精神保健福祉法の実現などの観点から,患者の判断能力の検討は避けて通れない。
本書が,強制入院が考慮される場合に,患者に手続的保障を実現することに貢献することを何より願っているが,治療現場で精神科医療に携わっている方々の役に立つことも併せて願っている。
本書では,精神科医療におけるアメリカ合衆国の判例,学説を検討しつつ,実証的研究も検討した上で作成した,判断能力評価用の構造化面接を含むこれまでの研究のすべてを収録した。


目次

第1部 精神科医療における患者の自己決定権

Ⅰ.精神科における自己決定権:問題の所在
 A.はじめに
 B.契約としてのインフォームド・コンセント
  1.基本的枠組み
  2.医療における情報開示
   (1)重大疾患での告知
   (2)精神疾患の病名告知
   (3)インフォームド・コンセントを得るには何を開示すべきか
   (4)インフォームド・コンセントを与えるにあたって患者は何を知りたいのか
   (5)実証的医療と情報開示
  3.医療における自律的決定と強制
 C.患者の自己決定と判断無能力の患者の保護
  1.判断無能力な患者の保護
   (1)医療における患者保護
   (2)強制治療に見る患者保護
  2.境界判断能力
 D.判断能力と代行判断
 E.用語の定義

Ⅱ.医療における自己決定:法的考察
 A.精神科医療におけるインフォームド・コンセント
  1.はじめに
  2.精神保健福祉法と精神疾患を有する者の自己決定権
  3.医療における自己決定権
 B.自己決定権の限界
  1.自己決定権の制約原理
  2.パターナリスティックな制約
   (1)Mill とパターナリズム
   (2)パターナリズムの性質
   (3)パターナリスティックな制約と手続的保障

Ⅲ.精神科強制治療の憲法上の根拠
 A.日本における精神科医療の法制度と強制入院
  1.はじめに
  2.精神保健法規のあゆみ
   (1)江戸時代における精神疾患を有する者の取り扱い
   (2)明治時代初期
   (3)精神病者監護法
   (4)大正時代と精神病院法
   (5)精神衛生法の制定
   (6)精神衛生法の昭和40年改正
   (7)精神保健法の成立
   (8)日本における精神科医療の法制度の問題点
 B.アメリカにおける精神科強制入院の根拠
  1.はじめに
  2.正当化の理念的根拠
  3.連邦下級審諸判決
  4.連邦最高裁判例
   (1)O’Connor v. Donaldson事件
   (2)Addington v. Texas事件
   (3)Zinermon v. Burch事件
  5.強制入院の実体要件と手続的保障
   (1)精神疾患
   (2)危険性
   (3)判断無能力
   (4)証明の基準

Ⅳ.治療を受ける権利
 A.アメリカにおける精神科入院患者の治療を受ける権利
  1.はじめに
  2.判例の流れ
   (1)出発点- Birnbaum論文-
   (2)Rouse v. Cameron事件
   (3)Wyatt v. Stickney事件
   (4)O’Connor v. Donaldson事件
   (5)Youngberg v. Romeo事件
  3.考 察
B.日本における治療を受ける権利

Ⅴ.治療を拒否する権利
 A.アメリカにおける精神科患者の治療を拒否する権利
  1.はじめに
  2.治療拒否権の合衆国憲法上の根拠
   (1)修正8条
   (2)修正1条
   (3)修正14条 デュー・プロセス条項-プライヴァシー権
   (4)修正14条 デュー・プロセス条項-自由利益
  3.治療拒否権の享有主体と判断能力審査の必要性
  4.考 察
  5.むすび
 B.日本における治療を拒否する権利

Ⅵ.外来・地域治療と患者の自己決定権
 A.ホームレス
  1.はじめに
  2.ホームレス問題:過去と現代
  3.精神疾患を有するホームレス
 B.脱施設化とコミュニティで治療を受ける権利
  1.はじめに
  2.法改革
  3.脱施設化の崩壊
  4.最も制限的でない代替手段の法理とコミュニティで治療を受ける権利
  5.コミュニティで治療を受ける権利の構築に向けて
   (1)コミュニティでの治療を必要としている人々
   (2)代償理論quid pro quoからのアプローチ
   (3)州と個人との特別な関係
   (4)病院よりも制限的でないコミュニティにおける強制
  6.強制外来治療
   (1)LRAの法理と強制外来治療への批判
   (2)強制外来治療要件
  7.外来治療を拒否する権利
  8.日本におけるコミュニティで治療を受ける権利 118

第2部 治療同意判断能力の測定

Ⅶ.治療同意判断能力評価法:過去の研究
 A.判断能力の構成要素
  1.歴史的概観
  2.現代的理解
   (1)全般的判断能力と特定的判断能力
  (2)特定的判断能力の構成要素
 B.判断能力評価手法
  1.Competency Questionnaire
  2.Two-part Consent Form
  3.Measure of Competency to Render Informed Treatment Decision
  4.Recognition of Rights Violation in Counseling
  5.Manual for Understanding Treatment Disclosure
  6.Hopkins Competency Assessment Test
  7.Competency Interview Schedule
  8.Standardized Consent Capacity Interview
  9.MacArthur Treatment Competence Research Instruments
  10.MacArthur Competence Assessment Tool-Treatment
 C.従来の評価法の問題点
  1.判断能力の臨床評価の必要性
  2.評価対象となる事象
  3.判断能力の段階評価と因子構造
  4.開示情報の影響
  5.区分点の設定
  6.強制に関する研究
  7.法的概念と医療的評価法の整合性
  8.一般医療と精神科医療の整合性
  9.あるべき評価法のかたち

Ⅷ.判断能力概念の多様性
 A.判断能力概念の因子構造
  1.問題の所在
  2.研究方法
   (1)対 象
   (2)調査票
   (3)解析方法
  3.結 果
  4.考 察
 B.判断能力概念からみた国民各階層の意識
  1.問題の所在
  2.研究方法
   (1)対 象
   (2)調査票
  3.結 果
   (1)判断無能力の評価
   (2)判断能力評価のパターン
   (3)判断能力の構成要素
   (4)判断能力評価質問の下位尺度との関係
   (5)被検者の反応
  4.考 察
 C.精神医療専門家における判断能力評価の一致率
  1.専門家証言の証拠法上の価値
   (1)FryeテストからDaubert判決へ
   (2)Daubert判決からKumho判決へ
   (3)Frey~Daubert~Kumho判決から学ぶこと
  2.精神医療専門家による評価の信頼性
  3.対象・方法・結果
  4.考 察

Ⅸ.判断能力評価用構造化面接の開発
 A.開発の手順
  1.はじめに
  2.判断能力の段階
  3.SICIATRI の構造
   (1)告知の存在
   (2)面接同意
   (3)同意権限の理解
   (4)同意不同意の選択の明示 180
   (5)判断の他者への委譲がない
   (6)期待できる利益に関する理解
   (7)予測できる危険に関する理解
   (8)代替手段に関する理解
   (9)無治療の場合に期待できる利益に関する理解
   (10)無治療から予測できる危険に関する理解
   (11)回復願望
   (12)病的決定要因の欠如
   (13)病識・洞察
   (14)終 了
 B.信頼性と妥当性
  1.信頼性
   (1)対 象
   (2)方 法
   (3)解析方法
   (4)結 果
   (5)考 察
  2.妥当性
   (1)対象と方法
   (2)結 果
   (3)考 察

Ⅹ.治療同意判断能力の構造と決定要因
 A.治療同意判断能力概念の因子構造
  1.問題の所在
  2.研究方法
  3.結 果
   (1)SICIATRI の因子構造
   (2)SICIATRI 下位尺度を規定する要因
  4.考 察
 B.治療同意判断能力に基づく患者のクラスター分析
  1.問題の所在
  2.研究方法
  3.結 果
  4.考 察 198

第3部  理論から実践へ:患者の自己決定権と判断能力審査の将来

XI.患者の自己決定権と患者保護の相剋
 A.告知同意の治療的側面
  1.医療情報開示のストレス低減効果:身体各科における研究
   (1)情報開示による患者の適応改善効果
   (2)情報開示の治療的効果の個人差
  2.医療情報開示のストレス低減効果:精神科における教育効果
   (1)法的権利の教育
   (2)治療内容の教育
   (3)病名の教育
   (4)医療情報開示の工夫
 B.継続的作業としてのインフォームド・コンセント
  1.診療行為とインフォームド・コンセント
  2.患者の精神状態と判断能力
 C.患者の自己決定権と患者保護の相剋についての倫理的考察
  1.患者の自己決定と医療における患者保護義務
  2.判断能力評価の信頼度とインフォームド・コンセントの理念

XII.判断能力審査から情報開示審査へ
 A.判断能力評価の二段階
  1.判断能力審査から情報開示審査へ
  2.情報開示審査としての評価
   (1)情報開示審査の構造
   (2)情報開示審査の効果
   (3)情報開示審査実施への患者の同意
  3.判断能力審査としての評価
   (1)判断能力審査の構造
   (2)判断能力審査の際の法的保護
   (3)代行判断者への情報開示
   (4)判断能力審査の効果
   (5)代行判断者の治療同意判断能力
  4.情報開示審査と判断能力審査の法制化
  5.情報開示審査と判断能力審査の精神科医療に対する影響
 B.判断能力審査の将来
  1.判断無能力の患者と個人の尊厳:判断無能力の判定の後に来るもの
  2.一般科医療における情報開示審査と判断能力審査
   (1)身体各科におけるインフォームド・コンセント
   (2)精神保健福祉法の複合的性質
   (3)患者の自己決定と強制医療に関する法律に向けて

引用文献
引用海外判例
引用国内判例

付 録

A:調査用症例要旨Case A
B:判断能力評価用構造化面接Structured Interview for Competency and Incompetency Assessment Testing and Ranking Inventory(SICIATRI)
C:告知内容調査票Disclosure Content Check List(DCCL)
D:関連法文集
日本国憲法
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
障害者基本法
アメリカ合衆国憲法